ワクチン

 岩田健太郎(2017)『ワクチンは怖くない』(ISBN:9784334039653)を読みました。もちろん新型コロナウィルスワクチンの事を考える上で手に取りました。しかし発行年からもわかるようにコロナ禍以前に書かれた本です。コロナワクチンのことは全く書かれていません。備忘録的に読後の感想を記します。

「集団防衛」と「個人防衛」

 まずワクチンの目的として「集団防衛」と「個人防衛」という考え方が有ります。現在は「個人を防衛する方針」が主流となっているそうです。著者は個の健康だけを目的とし、集団の健康は個の健康の余禄とまで考えています。私はどちらかというと集団防衛が目的と考えていたので、考えを改めなくてはと感じました。今回のコロナ禍で考えるならば、
  ”ある無症状感染者が自分の家族や知り合いに染してしまい重症化させると、これは自分にとっても不利益となります。だからワクチン接種した方が良いのだろうか?と考慮することは理に適っていると思います。しかし名前も知らないような御老人の健康のことまで考えて副作用のリスクを引き受ける必要は全く有りません。”
ということなるのでしょう。

「子宮頸がんワクチン」とは

 さて私がワクチン接種を躊躇するようになった元々の原因である子宮頸がんワクチンについてです。有名な女性歌手が子宮頸がん治療中に亡くなったこともあり2010年前後ワクチン接種が積極的に推奨されるようになりました。政府も子宮頸がんワクチンを定期接種化していたのですが、その後重大な副作用が報告されるようになりました。当時報道で見知った私も、あまりに酷い症状に恐怖を覚えたものです。その後2013年に政府は積極的な勧奨の差し控え措置を行い現在に至ります。著者も、この子宮頸がんワクチンにかなりのページを割いて論述しています。
 まず、このワクチンの副作用ですが注射部位である上腕の痛みです。これはほぼ確実にあるらしいとされています。また因果関係はともかくとして、接種直後のアナフィラキシーショックも報告されています。これとは別に「全身疼痛、記憶障害、関節炎、学力低下睡眠障害」といった症状が報告されHANS症候群と呼ばれています。先述の私が恐怖を感じたというのは、このHANS症候群の事だったようです。

HANS症候群は身心反応

 まず著者はワクチンの副作用というのは接種後数時間から数週間以内に発生するものとしています。このことから接種後平均8.5ヶ月後に発症するHANSはワクチン接種との因果関係への信憑性は小さいと考えます。とは言うものの、ということでデンマークスウェーデンで実施された100万人2年間追跡調査の結果をもとに、接種群と非接種群の間に有意な差はないと結論付けます。さらに自らの診療経験をもとに、接種後の腕の痛みや感染に対する不安をきっかけとした、心因性の症状を発症したのだろうとしています。
 念のため強調しますが、著者は心因性の症状を軽く見ているのでは決してありません。私もそうです。しかし、事前に正確な知識を与えられていれば感じなくても済む苦痛だったのかも知れないなとは思います。

複数回接種するワクチン

 さて子宮頸がんワクチンからは離れて、知っている人なら知っているけど私は知らなかったというワクチンの知識をいくつか抜粋します。
 まず新型コロナワクチンはファイザーもモデルナも2回接種です。実は複数回接種するワクチンは全然珍しくないそうです。日本脳炎は4回、先述の子宮頸がんワクチンは3回、水疱瘡は2回だそうです。ワクチンというのは、とても乱暴に言えば病原体を体内に入れて、その病原体に対する免疫を獲得させるというものです。ワクチンがコロナウィルスと戦うのではなく、戦うのはあくまでも人間の免疫なのですね。ところが、1回接種しただけでは病原体を覚えられなかったり、時間が経つと忘れてしまったりすることがあるのだそうです。そこで繰り返し接種することで記憶をより鮮明にし、長続きするようにさせます。免疫とはなんとも人間的なものですね。

訴訟免責

 あらゆる医療行為がそうですが、ワクチンにも副作用が全く無いなどということは在り得ません。副作用のリスクよりもベネフィットの方が大きければ良いワクチンと言えるということです。そのベネフィットを国とかコミュニティーとか集団単位で計測する考え方が「集団防衛」、個人にとってリスクとベネフィットのどちらが大きいか判断するのが「個人防衛」ということになるのです。
 さて、特にワクチンでは一定頻度の副作用は前提として受け入れなくてはなりません。その都度製薬会社を訴えていても問題は解決せず、ワクチン供給が滞って結局国民が不利益を被ることとなります。そこで医療関係者は正当な医療を提供している限り訴訟されない訴訟免責の制度が適用されることが有ります。今回のコロナワクチンでもファイザーやモデルナ社は訴訟されないこととなっていますし、副作用が発生した場合は予防接種健康被害救済制度の対象となるようです。

間違ったワクチンの使い方は有る

 ポリオは小児麻痺と呼ばれることもありました。日本でも何度か流行していますが、1960年の大流行の際に効果が強い生ワクチンを輸入して制圧したという成功体験が有ります。生ワクチンはウィルスそのものを接種するのですからワクチンから感染する(ワクチンポリオ)リスクがあります。大流行時は有効に働いたのですが、この成功体験の為にその後ポリオウィルス感染症が国内で無くなってからも生ワクチンを使い続けてしまいました。その結果、感染ポリオ患者よりもワクチンポリオ患者の方がずっと多くなるという事態に陥ってしまったそうです。著者はこれを間違ったワクチンの使い方としています。その後、極端に強い効果は見込めないものの副作用の少ない不活化ワクチンが承認されたのは2012年のことでした。

ワクチンの実感

 この本の中で、特に印象に残った言葉が有ります。
 病気の人が治療を受ければ「治る」か「治らない」かのどちらかです。一方、ワクチンの場合、「①接種したのに感染した人」「②副作用で苦しむ人」「③何も起きない人」に大別されるでしょう。①②の人は損をしたと感じる一方、③に人たちも得をしたとは感じないものと思います。ワクチン接種に躊躇する人が減らないのも、案外こんな心理に起因するのかもしれません。

 

 この本の中で官僚・政治家や報道機関に対して懐疑的な言及がとても多いことが、やや気になりました。特に猪瀬元東京都知事への医療法人徳洲会からの資金提供問題にまで踏み込むのは、いくらなんでも逸脱が過ぎるのではないかと思います。

 しかしワクチンについて考えるきっかけとしては分かりやすい図書だったと思いますし、何よりもワクチンへの漠然とした不安を払拭してくれたことは、大変ありがとうございました。